会社概要
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ご挨拶

先々代の松治郎が気に入っていた
福助の置物

昭和8年頃の店舗
平成7年7月16日に発生した新潟県中越沖地震により中心市街地にある「えんま通り商店街」は壊滅的な被害を受けました。
当店も店舗が半壊(立入禁止)となったため、明治6年以降、慣れ親しんだ、えんま通り商店街を離れ、お隣の商店街にて、仮店舗をお借りしての商いをさせて頂いております。
あれから4年目の夏を迎える今年、えんま通り商店街の復興も少しずつ、目に見える形となってまいりました。
当店も創業の地に再び戻り店舗再建出来る日に向けて、さらに精進をしてまいる所存でございます。
今後ともえんま通り商店街、ならびに紺太をよろしくお願い申し上げます。
概要
| 掲載名 | 株式会社紺太 | |
|---|---|---|
| 住所 | 〒945-0051 新潟県柏崎市東本町1丁目12-33 |
|
| 電話番号 | 代表番号 | 0257-23-4151 |
| フリーダイヤル | 0120-971-181 | |
| FAX番号 | 0257-22-0386 | |
| 代 表 | 代表取締役 中村 康夫 | |
| 資本金 | 4,500万円 | |
| 社 員 | 10名 | |
| 取引銀行 | 北越銀行柏崎東支店 第四銀行柏崎支店 柏崎信用金庫本店 |
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| 業 種 | 写真館、レンタル衣装、呉服店、作業着 | |
沿革
| 1804年(文化2年) | 中村太蔵が小町で染物屋をはじめる。 染物屋すなわち”紺屋の太蔵”ということでこれが屋号「紺太」の由来とされている。 |
|---|---|
| 1873年(明治6年) | 五代目喜太郎はこの年11月、閻魔町(現えんま通り)へ進出した。 紺屋職人から店舗を持ち「あきんど」としての第一歩をスタートした。 この年を創業の年に定めた 閻魔町の河内屋石黒佐助から表口六間一尺、奥行四十二間余土蔵付を 八百二十五円で買入れる、引越し後の普請に三百円を要した(永代過去帳より) |
| 1951年(昭和26) | 取締役社長に中村松治郎が就任 株式会社を設立 株式会社紺太呉服店 資本金100万円 |
| 1966年(昭和41) | 屋号変更 株式会社紺太に 売場面積450坪、社員80名 4F屋上にレストランとビアガーデンを営業開始 |
| 1973年(昭和48年) | 創業100周年 資本金3,000万円に増資 |
| 1974年(昭和49年) | 取締役社長に中村健一が就任 本店増築 第一種大型店舗 コンタサービス株式会社設立 通産局「友第 3022号」資本金100万円 |
| 1976年(昭和51年) | 上越店を開設(寝具とベビー用品) |
| 1983年(昭和58年) | コットンハウス開設(生地・服地・婦人服オーダー) |
| 1985年(昭和60年) | レディースコンタ開業(資生堂化粧品・ワールドブティック) |
| 1998年(平成10年) | 代表取締役 中村 康夫が就任 |
| 2005年(平成17年) | 上越店を分社化 有限会社 上越紺太 代表取締役 中村 鐵雄 |
| 2006年(平成18年) | フォトスタジオ 開設 |
| 2007年(平成19年) | 7月、新潟県中越沖地震発生 この地震で店舗は使用不能となったため、隣接商店街に 仮店舗(旧村田家具様)を借り営業継続する。 |
| 2011年(平成23年) | 1月、被災した旧店舗の解体工事はじまる。 |
アクセスマップ
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交通のご案内 新潟県柏崎市東本町1丁目12-33 |
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